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第十九回(公財)国際宗教研究所賞・奨励賞

【研究所賞】
〈授賞業績〉
村津蘭『ギニア湾の悪魔――キリスト教系新宗教をめぐる情動と憑依の民族誌』(世界思想社、2023年1月)

〈授賞理由〉
 本書は、ギニア湾に面したベナン共和国で活動するペンテコステ・カリスマ系教会の一つバナメー教会の民族誌的研究である。カトリック教会を出自とするこの教会では、少女パーフェットにイエス・キリストの父である神「ダボ」が受肉したと信じられており、その実践の中心は、信者たちに憑依する様々な不可視な存在を「悪魔」と捉え、この悪魔と闘い、そこからのデリヴァランス(解放)を目指すことだという。本書は、「神や悪魔といった人ならざるものたちが、いかに人々の間に立ち現れ、複雑に呼応しながら生が紡がれるのか」を、憑依の現場に目を凝らしながら丁寧に読み解こうとした野心的な意欲作である。
 本書の構成は序章、終章を含めて8章からなっており、各章に一人称で綴ったエッセイがつけられている。エッセイには著者の研究者としての立ち位置への揺らぎなどが吐露されているものの、全体としては学術書としての枠組みがしっかりと堅持されている。序章では、呪術、妖術に関する先行研究の批判的な整理とともに、本書のキー概念である「情動」をめぐる議論が検討されている。1章ではベナン共和国の歴史と、ベナンの宗教状況である多数派のカトリック教会やイスラームをはじめ、今日でも強い影響力のあるヴォドゥンやマミワタなど在来の神々や妖術師の存在などが解説されている。2章ではバナメー教会の歴史と教義、さらに集会での悪魔の出現の様子が、3章は改宗の動機、他宗教との関係を中心に情動の重要性が、そして4章では伝統的な卜占と比較しながらデリヴァランスの特性と憑依霊の正体が論じられている。5章は、憑依が環境の中でスキルとして身体化されていくこと(エンスキルメント)が指摘され、その生成における想像力と情動の関係が検討されている。6章では、丹念な聞き取りから「生物医療」を含んだ信仰による「治癒」に至る過程が考察され、終章の結論部分へとつなげられている。
 本書全体を貫く研究態度は、著者の民族誌的実践に対する徹底的なこだわりである。著者は、一貫して信者たちの声やその現場での雰囲気や音などを積み重ねながら論述を進めていく。集会の様子や信者たちの多数の写真、さらに現場の動画や音声もQRコードを介して視聴できるようになっている。これらは読者の理解に資するばかりでなく、著者の論述そのものの重要な部分をなしている。著者によれば、その目的は「フィールドの経験からは不可欠であるイメージや感情の震えを帯びた言葉、映像を織り交ぜながら民族誌を編む」ことであり、それを「喚起的民族誌」と呼んでいる。著者にとって、「アフリカの多くのペンテコステ・カリスマ系教会」の「悪魔・妖術との闘いという実践」は、「想像と身体のエンスキルメントの過程」であり、「情動の応答の中で妖術師や霊的存在をものとして立ち上げ」、「そこに立ち現れた悪魔・妖術師が新たな現実を切り開いていく主体として参入」する過程だとしている。したがって、憑依や悪魔との闘いを「モダニティ」などのメタナラティブで説明することは民族誌的観察の縮減だとして、多くの先行研究にみられるこうした立場を厳しく批判している。全体として、本書は、マルチモーダル人類学の視点から、近年のアフリカの急速に成長しているペンテコステ・カリスマ系教会に対する新たな知見と方法論を提示しており、審査委員会は、ここに国際宗教研究所賞を授与し、この領域における著者の学術的貢献を賞するものである。


2024年2月17日 (公財)国際宗教研究所賞選考委員会

【奨励賞】
〈授賞業績〉
杉江あい『カースト再考――バングラデシュのヒンドゥーとムスリム』(名古屋大学出版会、2023年2月)

〈授賞理由〉
 カーストといえばヒンドゥー世界に生きる人々を分断する苛烈な制度。バングラデシュは英領インドから独立したムスリムたちの国。
 本書タイトル中の四つのワードで構成される上記二つの文は世間の常識を表したものであろう。しかし著者はその常識を大きく揺さ振る。アンリ・ルフェーブルの空間論等に依拠しつつ、歴史・社会・空間の「三元弁証法」によってこれまでのバングラデシュ論・カースト論を批判し、宗教が社会構造を規定するという宗教決定論に異議を唱えて人々の「生きられる社会空間」に迫っていく。
 本書の端緒は、著者がバングラデシュの村で物乞いするシャナイダルと出会ったことであった。シャナイダルとは楽器演奏をするジャーティ――通説的にはヒンドゥー社会における排他的な職業や地血縁の集団――のことである。そしてシャナイダルはムスリムであった。その彼らが差別されている場面に接し、それはなぜかという疑問を著者が抱いたことから本書は始まる。
 著者はまず第Ⅰ部でバングラデシュを中心とする地域の歴史と研究の動向を押さえた後、第Ⅱ部ではショマージと呼ばれる同一宗教・カーストを基本としたコミュニティの、その変化に焦点を合わせる。変化とは、村の発展を第一に考えたヒンドゥーとイスラームの、宗教の壁を越えた交流が日常化していくことであり、カースト・ヒエラルキーが後景化していくことである。
 さらにⅡ部第6章で著者はシャナイダルの変化を注視する。シャナイダルはかつて特別扱いされる存在であった。しかしバングラデシュ独立戦争後に村の高カーストの人々が流出しムスリムの村への流入が続くなか、シャナイダルの行うヒンドゥー的な聖者崇拝等が批判され、また彼らのジャーティ実践である楽器演奏がハラーム(禁忌)とされて批判されるようになった。つまりシャナイダルが差別される原因は、ムスリムでありながらヒンドゥー的なものを帯び続けていることにあったのである。そしてそのシャナイダルに過去のジャーティと決別して新しいショマージを模索する動きが現れていることも報告されている。
 こうした調査の成果を積載した第Ⅱ部を受け、第Ⅲ部で著者は現代農村の現実に迫る。そこでは宗教・カーストの差異が人々の空間の共有によって超克されているのであった。宗教とカーストを堅牢な制度と捉える旧来の観点から離れ、動的な現実社会の理解のためには「生きられる社会空間」での人間関係の注視こそ必須であるとの強調は啓発的である。
 地理学をベースとする研究者である著者は、場所・空間が共有されることの重要さを主張する。ショマージと呼ばれるコミュニティを基にした人々の関係の描写は、本書の主張を力強く裏づける。的確な事実把握を遺漏なく積み重ねて結論へと至る本書は、他者の追随を許さない重厚な力作である。
 本書は圧倒的な迫力で読者に迫ってくるが、読むにあたってはかなり高度な専門知識を必要とし、情報量の多さもあって、初学者にとって必ずしも読みやすいものではない。後進の学びを意識して今後の研究に取り組まれるよう、著者には望みたい。いずれにしても、本書は、次代を担う著者がカースト研究の新たな地平を拓く力作であり、審査委員会は、本書に対して国際宗教研究所奨励賞を授与し、著者の学術的貢献を賞するものである。


2024年2月17日 (公財)国際宗教研究所賞選考委員会

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